《SNSで表現は弱くなる》

 

 

現代では、表現するためのに、ためこみ、悶々とする時間があまりにもないのかと感じる。

 

 

この状況を音楽に見たてて、 皆が同じような音楽を奏でている理由をそこに見いだすのは性急かもしれないが、どちらにしろ、心の浅い部分をSNSと同じ感覚で表現してしまっているのではないか。

 

 

それでは音楽は一向に熟さない。

 

 

現代は、簡単にものごとを発表できるし、そしてすぐ反応もある、さらにそれによって得られる満足もすぐ得られる。しかし、その小さなアウトプットと小さな満足の積み重ねで、本当に表現したいものや、表現すべきものを、表現できるだろうか?

 

 

表現者にとって大事なのは、「自分の本当に言いたいこと」を言うべきで、また言い換えれば「人生を賭けても表現したいもの」だけを表現するべきだ。そのためには、僕らは半端な表現をせずに、普段からエネルギーをためこまないといけない。半端な表現をし続ければ、本当に表現したいことは永久に消え去っていく。

 

 

厳しく言えば、僕らは音楽以外で満たされるということを禁じなくてはならない。時には、修行僧や、僧侶のように、または隠者のように、音楽するということだけに集中し、音楽をすという行為に献身する。

 

 

僕はといえば、日ごろから無駄なエネルギーは発散せず、音楽することだけにエネルギーを使っている。誰かに聞いてもらうとか、自分の音楽を広めようとかいう類のエネルギーも音楽するということに向けているのだから、僕という音楽家のことは誰も知らないままだ。

 

 

皆が簡単にアウトプットできる時代、本当にアウトプットする価値のものがだれだけあるのだろうか?

 

 

そして、僕は自分の作品を聞きなおし、こう問い直す。

 

  

僕が歌いたかった歌はこんなものだったのか?

 

 

 

 

 

 

 

     「情熱の炎は僕を焼き尽くす」

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The Beatles/John Lennon           Come Together