《引きこもりの表現~まるでヘンリー・ダーガーみたいだ》

 

 

僕はいつの日から、音楽を語るのをやめたのだろうか?

 

 

そして僕は、一向に満たされない自分にたいして、自分の能力以上の重荷をかけ続けながら、音楽以外で満たされるのを拒み続けている。 そんな日々の連続で、僕は自分の曲を聞いて欲しいという気持ちもなくなってしまった。

 

 

ただ毎日、黙って作り続ける僕がいるだけだ。

 

 

音楽に全てを賭けたのなら、音楽するという一点においてのみ満たされようとする、その純粋さがそうさせているのなら、それでいいのかもしれないが、はたして本当のところはどうなのだろうか。

 

 

 本当に、ただつくるだけで満足なのか?本当は誰かに聞かせたいのでは?しかし、作ったものを人に聞かす理由とは?そしてそれをパッケージにする意味はあるのかとか、それこそ、なんのために作品をリリースするというのか?

 

 

おそらく、出版というものは何かを世の中に問うという行為だ。

果たして僕は問えるものがあるのだろうか?

 

 

と、そんな自問自答を繰り返し、1日が終わり、また次の日になれば、いつものように作曲している自分がいる。 いつものように没頭するだけ。制作中は携帯もインターホンもお断りだ、僕を取り巻く世界は消え、時間も消滅している、そんな世界。

 

 

こんな調子でいけば、僕は音楽版ヘンリーダーガーになれるのだが、もしくはカフカのように友達に「僕の曲を捨ててくれ」と頼むことになるのか?それとも、「それなら自分で捨てろよ、カフカじゃあるまいし」、と友達に突っ込まれるか? しかし、そのような友達はいたっけかな。

 

 

音楽を語る友達もいなければ、曲を聴かす相手もいなのは、どこかの誰かとやっぱり似ているのだ。

 

 

 

 「音楽版ヘンリー・ダーガーのテーマ曲」

コメント: 0