《全てを表現しきった後の表現~芸術とは何か?》

 

 

芸術とは、全てを表現したあとに、もう何も言えないというところから、更にもう一歩推し進める行為だ。

 

 

だから皆と同じように、誰かがやったことをなぞるようにやっていては、本当の意味で素晴らしい表現をすることは出来ない。

 

 

もう何年も前だが、多くのミュージシャンは口をそろえて言っていたセリフがあった。

 

 

「すべてやりつくされた」

 

 

僕は当時この手のインタビュー記事をよく目にした。

 

 

確かに僕も心ではそう思ってはいたのだが、絶対に認めたくはなかったし、絶対にその言葉は口にしたくなかった。僕はどうしても、誰もつくらなかった音楽をつくってみたかったからだ。

 

 確かに、表現全般がいきづまっているのは百も承知だった。

だが、これをやらずして、他に何をすればいいのか?

 

 

難しいから情熱がわくのだし、簡単なことに人生をかけるつもりもなかったし、なによりも作品に生命を賭けて、誰も表現したことのないものに挑み続ける人間たちの仲間に入りたいと願う、若い僕がそこにはいた。

 

 

あれから何年経っただろうか、、、、

 

 

 

 「すべてやりつくされた」

 

 

 

それは、皆が口をそろえて、そう言ったとしても、僕は絶対に口には出さないと決めた言葉。

 

 

そして今、僕は、「すべてやりつくされた」と言われたところから、少しでも表現を推し進められたのだろうか?

  

 

「不可能」に近いものだったけど、逃げずに立ち向かっただろうか?

 

 

 

 

 

 

「僕の目の前には、不可能という文字がある」

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芸術=難解、とういうわけではない。