嘘をつくモーツァルト 

 

 

モーツァルトは手紙の中で嘘をついてる。

 

 

モーツァルトが嘘をついた手紙は1778年年7月3日に書かれた。モーツァルトの母はこの日に死ぬのだが、モーツァルトはこの同じ日に手紙を2通書いている。まず一通は友にあてに、「友よ、僕とともに悲しんでくれ、一生で一番悲しい日が来た」と書きはじめている。

 

そしてもう一通は父宛に、「お母さんの具合が非常に悪いのです」と書いてある、母の容態のことを記し、次に「さて話を変えましょう」と、さっきまでの暗い雰囲気はどこへやら、モオツァルの音楽の仕事の話、嫌いなやつが死んだ話、そんな話が続く。

 

つまり、実際は母は死んでいたのに父には嘘の報告をしていたことになる。 そして6日後に父に宛てた手紙で、嘘をついていたことをわびている。 悲しみの中、父に嘘の報告するモーツァルト。

 

モーツァルトにとって悲しみとはなんだったのか?

 

 

 

ここで、モーツァルトについて書かれた記事を引用する。

 

小林秀雄は、 「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない・・・」

 

 

ある指揮者は、「モーツァルトの音楽は世界の悲しみなどというものをはるかに超越し、全ての人間のパーソナリティというものを超越していたのだ」

 

二人とも悲しみについてふれている。

 

 

 

誰よりも早く悲しみを感じ、悲しみを表現し、それでいて軽やかにその悲しみを通り過ぎるモーツァルトの音楽、彼にとって「悲しみ」なんてものはとっくに過ぎ去ってしまったものだということなのだろうか。そして悲しい事があっても、次の瞬間、机に向かって作曲をしている、それがモーツァルトという音楽家なのか?

 

 そんな250年前の天才の肖像画を眺めると、気のせいかもしれないが、彼のあの口元、かすかに笑っているように見える。

 

悲しみの中にいても、誰にも気づかれないように笑うモーツァルト。 彼の肖像画にふきだしをつけるけるなら、 「悲しみを悲しく表現したら、凡人のやることだよ」とモーツァルトは冗談交じりに言っているように、僕には思える。

   この肖像は21歳の時

母が亡くなったのはモーツァルト22歳の時、 この年の一年間で、39曲を書いている。 そのうち37曲は長調で書かれ、母が亡くなったとされる夏ごろに、短調の曲を2曲書いている。 そしてそのうちの一曲は、名曲ヴァイオリンソナタ K.304だ。 こん悲しくもあり切なくもあり美しくもある旋律は、深い悲しみの中で書かれた。

     

     

  ヴァイオリンソナタ K.304